盛夏の祝福

二人が一向に感動的ではない、それでいて真情にあふれた再会をおこなっている中、
もう一人、天から舞い降りてきた美女がゴウの隣りに降り立った。

「手間をかけたな、メガミ」
「いいえ、守護天使の幸福のためですから、これはわたくしの本業です。ゴウどのこそお手数をおかけしました」

隣りに立つメガミ——ヘビのユキへあたたかな笑顔を向けるゴウへ、ユキもやわらかな笑みで応える。
ゴウはみさきから話を聞きながら、清水がなにについて悩んでいるのか、だいたいの見当がついていた。
だからそれを解消するために、みさきの話が終わったあとの腕を組んでの黙考中に、
聖獣にしかないテレパシーのようなものでユキへ連絡を取り、瑞穂を連れてきてもらうように頼んでおいたのだ。

「いや、おれの方こそ出過ぎた真似だったかもしれんな。原則からははずれるだろう」
「さようですね。ですが今回は他の守護天使たちと事情がすこし違いますから、構わないでしょう」

原則として、メガミといえどできるだけ守護天使とその主人にかかわることはせず、
二人の間になにか問題が起きても、その解決は彼女たちの自主性に任せることになってはいるのだが、
清水のように妻と死別をしたような特殊な主人の場合はメガミの助けも容認されることがある。

「そうか、それならよいのだが…… しかし思ったよりずっと早く見つかったな」

瑞穂のことである。
いくらメガミとはいえ、死後の世界にいる人間の数の多さを考えれば、
清水の告白の最中にユキから「これから瑞穂を連れてゆく」との旨がテレパシーで送られてきたのには、さすがにゴウも驚いた。

「ええ、なにしろ探す必要がありませんでしたから」

ユキが少しおかしそうに答える中、二度となかったはずの夫婦の会話は再開されていた。

 

「……やっぱり幽霊なのか」
「うん、そう。だからごめんね、すぐ帰らなくちゃいけなくて」
「いや、仕方ないさ。また会えただけでもありがたく思わなくちゃな」
「うん。それでええと………ああ、みさきちゃん、こっちこっち! 出てきていいよ!」
「え、みさき?」

瑞穂が周囲を見まわして、墓から少し離れた場所にある大木に向かって手招きするのを見て、
驚いたように清水もそちらへ顔を向ける。
と、その幹の影から、様々な感情と困惑にどういう顔をしていいかわからないといった風情のみさきが出てきた。
墓からは死角になり、それでいて墓近くの会話は聞こえるその場所にいるようゴウに言わていたのだが、
清水の口から好きな人がいるとのことをはっきりと聞かされ心が凍結したと思った瞬間、
その相手が自分だと、あまりにも思いもよらないことを言われて、凍結した心が別の意味で固まり、
さらにそのあとの清水の苦悩の理由をどう考えていいのかわからず、そうこうしているうちに今度は瑞穂が天から降りてきた。
ほんの数分の間に起こったこれらのことはみさきの対応力や許容量をはるかに越えており、
思考が完全に停止したところに瑞穂から呼ばれたため、こんな表情になっているのだ。

「みさき……いたのか……」

驚きを収め、みさきが出てきた場所からさっきまでの自分とゴウの会話が聞かれていたことを悟った清水は、
これも少しどうしていいかわからない表情になった。

「ご主人さま……」
「みさき……その……その、ええとな? その…………ぐぼっ!」

と、なにか言おうとしてなにを言っていいかわからない清水の鳩尾(みぞおち)に、隣りに立つ瑞穂が思い切り肘を入れる。

「いいからあんたはちょっと黙ってて。どうせなにも言えないに決まってるんだから」

鳩尾を押さえて苦悶する清水を放っておくと、瑞穂はいままでにないやさしげな表情でみさきに歩み寄り、
主人の亡妻に対しての表情の選択にも困った彼女の両肩に、そっと両手を乗せる。

「ごめんね、みさきちゃん。あんなのの世話をさせちゃって……」
「い、いえ、そんな……その、全然、わたし……」
「今度のことでもねえ、あたしはいいかげん腹を立ててるんだけどね、まったく。あいつは自分の奥さんが、夫が幸福になるのをとがめるような女だと思ってるのよ、あんなことで悩むってことは。失礼よね、ほんとに」
「え……?」

横目にまだ苦悶している清水をあきれ顔で見る瑞穂の声音と瞳に、それ以外のものも感じたみさきは彼女をじっと見る。

「妻の心夫知らずというかねえ。だいたいあなたをあいつの元へ送ったのだって、あたしだっていうのに」
「え!?」

表情をやわらかなものに戻しながら、みさきの視線もやわらかく受け、
瑞穂はさらに意外なことを言い、思わずみさきも声をあげる。

「そうなのよ、あそこにいるメガミさまに、あたしが頼んだの」

にっこり笑ってみさきの驚きを受けた瑞穂は、少し離れた場所でゴウと並んで立っているユキへ視線を向ける。

 

「なるほど、そういうことか」

それを聞いたゴウが得心したようにうなずく。
原則として、前世の動物の死から守護天使として生まれ変わった瞬間が0歳となり、それからの年数がその天使の年齢となる。
だがみさきの年齢は、それにしては少し若い。
そのことをゴウは少し疑問に思っていたのだが、ようやく謎が解けた。

「みさきは宝玉になっていた時間が数年あったのだな」
「ええ、そうです」

守護天使は全員が主人のもとへ転生できるわけではない。
主人に最低限の扶養能力がない場合、あるいは結婚した場合などがそれである。
そして主人のもとへ帰れない守護天使はその寂しさに耐えきれるものではなく、
メガミによって身体を宝玉としてもらい、意識と肉体を封じ込める。
みさきも清水の結婚により彼のもとへ帰れなくなったとき、宝玉となってその心を閉じた。
それは仮死と同じで、宝玉状態の守護天使は年を取らない。
それがゆえに目覚めたときのみさきは、本来の年齢より少し若かったのだ。
また、瑞穂がこれほど早くに見つかった理由もこれでわかる。
もともとメガミと瑞穂は互いを知っていたのだ。

「死んじゃってあの世に行っちゃったあたしも、そこではじめて守護天使のことを知ったの。それでちょっと調べたわ、あいつにも守護天使がいないかどうか」

みさきの肩にやさしく手を乗せたまま、瑞穂は笑顔で話しつづける。

「そしたらいたじゃない、あなたみたいに素敵な子が。だからメガミさまにお願いしたの。宝玉になってるこの子を起こしてあげて、もしこの子自身も行きたいって言ってくれたら、あいつの元へ送ってあげてくださいって。それであたしの変わりにあいつを元気づけてあげてくださいって」
「…………」

少し口が開いてしまうほどに驚くみさきと、ようやく痛みが引いた清水も似たような表情で瑞穂の話を聞いている。

「本当だったらあたしみたいな前妻や前夫が許可しなかったら、夫や妻と死別したご主人さまには送られないものらしいんだけどね。あたしはそんなに心の狭い女じゃありませんから、こころよく送り出しました」

笑顔でちょっと胸を張る瑞穂。

「そう……だったんです……か………」

驚きが引いてゆくと、みさきの心には様々な想いが流れ込んできた。
そのほとんどはあたたかなものだったが、中に少しだけある違和なものがその表情を曇らせる。

「すいません……奥さま……」
「なにが?」

曇り顔をうつむかせて謝るみさきに、瑞穂はきょとんとした顔を向ける。

「わたし……なにも知らなくて……それどころか奥さまの場所を取っちゃうような真似をしちゃってるし……奥さまが死んじゃったのは奥さまのせいじゃなくて……それだけでもつらいのに……ご主人さままでわたしが……ごめんなさい……」
「………かわいい!」
「…え、きゃあ!」

憂い顔をうつむけるみさきをしばらくじっと見ていた瑞穂は、耐え切れないとばかりに彼女をぎゅっと抱きしめた。

「いい子、いい子、ほんとにいい子、みさきちゃんは! あんな朴念仁にあずけとくのもったいないわあ! あたしのとこ来ない? あいつよりずっと優遇するわよお!」
「え、え、え、あ、あ、あの、あの、あの、奥さま? 奥さま?」

とろけるような笑顔の瑞穂に抱きしめられたまま、ぶんぶんと振り回されるみさきはまともに声も出ない。
と、突然ぴたりと動きを止める。

「………でもそういうことじゃないわよね。みさきちゃんはあいつのところにいるのが一番幸せなんだから。あたしがメガミさまにお願いしたことを転生するみさきちゃんに教えなかったのは、変な負い目を持ってほしくなかったからなの。知ってたら気にするだろうなって思ったから。いまみたいにね」

振り回すのをやめ、腕を放し、真剣さがこもる笑顔になると瑞穂はそう言い、夫に顔を向けた。

「でも裏目に出たわねえ、こんな甲斐性無しのところに行くんだから、先に言っとくべきだったわよ、まったく。そんなわけで、あんたはあたしに気兼ねする必要は全然ないの。わかった?」
「ああ、わかった」

あまりにも変わっていない妻の様子に苦笑していた清水も、すこし真剣な笑顔でうなずく。

「すまなかったな、死んだあとにまで気を使わせて……」
「そうよ、ほんとに。だからあたしの好意を無にしないようにね」

憎まれ口を叩きながら清水に向き直ると、今度は夫の肩に両手を乗せ、瑞穂は笑顔で見上げる。

「……なんてね。ほんとはあたしの罪滅ぼしもあるから、恩に着せるのは勝手が過ぎるね」

見つめあう瞳と声に、相手への真摯な想いがあふれてくる。

「ごめんね……先に……それもこんなに早く死んじゃって……」
「……気にするなよ。みさきも言ってたように、お前の責任じゃない」
「でも……」
「こっちこそすまない。上から見ててあんまりにも放っておけなかったんだろう? おれのこと…… 情けない夫で悪かった」

みさきが来てくれるまでの自分のことを思い出す清水は、こちらも素直に謝った。

「ううん……あれはあれで、ちょっとうれしかったから。そう感じちゃったことも罪だね、あたしの」

舌を出して肩をすくめながら笑う瑞穂に、清水もほがらかな笑顔を向け、
しばらく互いの瞳を見つめていた夫婦は……強く抱きしめあった。

「……大好き。大好きだったわ、秋人。もう一度だけ、ちゃんと言いたかった……」
「おれもだ、瑞穂……愛してる……」

濡れる瞳を閉じてきつく相手を抱き、ささやくように最後の想いを伝えあう。

「…………」

それを見るみさきの心は、自分でも信じられないほどに澄んでいた。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作