天使とのゆびきり - パート2

第3話「幸せの最後の朝と少女の正体」

 あの日、俺はいつもと同じように起きて朝飯の用意をしていた
 日向家の両親は仕事の関係で朝早くから出かけているか、泊まりで居ないことも多いので、代わりに隣に住んでいる俺が面倒を見ることになっていた。
 そして、日向三姉妹は揃って朝が弱いから、仕方なく俺が作ることになった。

「さて、起こしに行くかな」

 火を止めて、出来上がった料理を皿に盛り付けてから、俺はまだ夢の中にいる三姉妹を起こしに行く。
 まずは、俺の部屋に寝ている日向家の長女&最愛の恋人の美夏。

「……可愛い」

 俺の布団で幸せそうに寝ている美夏。
 その顔は天使のように可愛いく、いつまでも眺めていたいが、そうはいかないので仕方なく起こすことにした。

「ほれ、美夏、朝だぞ。起きれー」
「はや〜」

 かなり強く揺すっても軽く唸り声を上げただけで反応無し。
 まあ、このぐらいで起きてくれたら苦労はしない。
 なので、ここはいつもと同じように起こすことにする。
 ちゅ。
 美夏の唇に自分の唇を押し当てる。
 すると、すぐに美夏に反応があって、少ししてから恋人がするようなキスに発展した。

「ちゅ。……おはよう、美夏」
「えへへ、おはようございます、ひろくん」

 最高の笑顔で目覚めた美夏。
 恋人補正が効いているので、当社比3倍ぐらい可愛く見える。

「着替え用意してあるから、着替えて下に降りててな。これから双子起こしてくるから」
「はーい」

 軽く頭を撫でてから、俺は部屋の窓を開けて、そこにかけてある梯子を渡って日向家の美夏の部屋に渡る。
 そこから隣の部屋にノックをしてから入る。
 部屋は可愛いぬいぐるみといかにも女の子の部屋なインテリアが満載で、すごく甘い匂いがした。
 そして、部屋に入った右側に2段ベッドがある。
 そこには、眠りについている女の子が2人いた。
 下で寝ているのは、双子の姉の桃子。
 上で寝ているのは、双子の妹の秋子。
 一卵性だけあって、寝顔がかなり似ていて可愛い。
 出来れば眺めていたいところだが、時間が許してくれないので、桃子から先に起こすことにする。

「おーい、桃子。朝だぞ」
「うみゅ?」

 軽くゆすると、桃子は薄目を開ける。

「……お兄ちゃん?」
「おう。お兄ちゃんだぞ」
「うぅ……あと20時間…」

 どんだけ寝るんだ。

「飯抜きと洗濯ハサミの刑、どっちがいい?」
「どっちもいやぁ……」
「なら起きる」
「はーいぃ」

 返事をしたところでまた寝ることはいつものこと。
 なので、寝起きのいい妹を起こして協力してもらおう。
 階段を登り、ぬいぐるみと一緒に寝ている秋子の体を軽く揺する。
 数秒後にぱっちりと目を開いて、俺の顔を見て笑顔になった。

「(おはようございます)」
「ああ。おはよう、秋」

 秋子は生まれながらにして喋れないが、大抵のことは表情と口ぱくから読み取れる。

「ご飯出来てるから、お姉ちゃん起こして来てな」
「(こくこく)」

 元気良く首を振って返事したのを確認して、俺はベッドから降りて部屋を後にした。
 来た道を戻り、俺の部屋に美夏が居ないのを確かめてからリビングに行く。

「おかえり〜」
「ちゃんと起こしてきたぞ」

 椅子で退屈そうにしている美夏の頭を撫でて、俺はそのままキッチンに入り、仕上げの作業をする。

「あの、ひろくん。私も手伝う、よ?」
「美夏ちゃん。何度同じこと言わせるのかなぁ?」
「はや〜。ごめんなさいぃ」

 手伝おうとする美夏を、殺気を込めた笑顔で封じ込める。
 美夏をキッチンに入れたら逆に俺の仕事が増えてしまう。
 それどころか、今用意した料理が一瞬にして食べれないものになってしまう。

「あと少しで持っていくから、それまで大人しく座ってなさい」
「ふあぁい」
「まあ、気持ちだけは貰っておくよ。おし、出来たっと」

 カップにスープを注いで本日の朝食完成。
 人数分をテーブルに移動させて、あとは双子を来るのを待つばかり。

「ひろくん。髪の毛お願い」
「はいよ」

 美夏は椅子を窓際に移し、俺は近くの小物入れに入れている美夏専用の櫛を持っていく。
 朝食が出来て、双子が来るまでの時間に美夏の髪の手入れするのは既に日課になっていた。

「始めるぞ」
「はーい」 

 ストレートに下ろした髪に丁寧に櫛を入れていく。
 美夏の髪はまだ若いだけあって、すごくさらさらで触り心地も最高。
 この一時が、美夏と過ごす日々の中でもお気に入りの1つ。

「今日ね、帰りが少し遅くなりそうなの」
「何かあるのか?」
「生徒会で重要な案件があって、今日はそれを各委員長クラスと協議するの。もちろん秋ちゃんも一緒」
「そっか。まあ、終わったら電話してくれ。迎えに行くから」
「はーい」

 美夏と秋子は近くの有名お嬢様学院に通っている。
 更に、2人は生徒会に在籍していて、美夏は生徒会長で秋子は書記。
 ここの生徒会に所属することはとても名誉なことであり、大抵が財閥のお嬢様が所属している中で、美夏と秋子は実力でその座を勝ち取った数少ない実力者で、学院内でもちょっとした有名人になっている。
 その為か、最近生徒会に所属出来なかったお嬢様にちょっとした嫌がらせを受けていると聞いた。
 保護者兼恋人としては心配だが、心強い友達がいるから大丈夫らしい。
 現に俺も何回か紹介されていて、太鼓判を押してくれたから安心はしている。
 でも、世話になりっぱなしにはなりたくないので、帰りの迎えぐらいはしていた。

「美夏、近所でも有名になっているぞ」
「そうなの? えへへ、嬉しいな」
「恋人としても俺も嬉しいぞ」
「ぷぅ。違うもん」
「うん? 何が違うんだ?」
「私、ひろくんのフィアンセだもん」

 そう言って、美夏は左手の薬指に嵌めた指輪を見せてきた。
 指輪と言っても本物ではなく、縁日とかで見るガラス細工の一個500円ぐらいのやつ。

「一応ひろくんの奥さんなんだよ、私。そこのところ、忘れないでね」
「はいはい。……おし、出来たぞ」
「ありがとう〜」

 最後に髪の触り心地を確かめて、それから薄くメイクしてやる。
 これで、生徒会長の日向美夏が出来上がり。

「おはよう〜」
「(おはよう〜)」

 桃子は間の伸びした声で、秋子はスケッチブックでそれぞれ挨拶して、定席に着席する。
 これで朝の面子が揃った。

 

 

「さて、いただこうか。いただきます」
「いただきまーす」

 俺の掛け声で日常の朝食が始まる。
 美夏が話題を提供し。
 桃子がそれに突っ込み。
 秋子が笑顔でそれを聞いて。
 俺はそんな3姉妹を見て癒される。
 もう何度も繰り返された、いつまでも続いてほしいと思う光景。

「ごちそうさまでした」

 いつも一番に桃子が食べ終わる。
 そのあとに、秋子、美夏、最後に俺の順番で終わり、それぞれ自動食器洗い機に入れていき、全部入れたらスイッチを押して作動させる。
 片付けは暇な時間を見つけてやるようにする。

「桃。今日は帰り、どのぐらいになるんだ?」
「うーん。多分いつもと同じぐらい」
「ん、了解」

 桃子だけは他の学院に通っていて、そこも家からそんなに遠くない場所にある。
 お嬢様学院よりは有名度では劣るが、それでも周辺の学院の中では上位レベル。
 小さな頃から見守っている俺としては、誇らしい3姉妹である。

「今日は大学早く終わるから、迎えに行ってあげる」
「本当? やった」
「変わりに買い物に付き合ってくれ。今日は月一の大安売りの日だから」
「うん。えへへ、腕がなるよ」

 小さくガッツポーツする桃子は、日向&奥村家の家事担当。
 買い物術もそこらの主婦よりもスキルが高い。
 俺もそれなりに家事は出来るほうだけど、本格的になったら桃子には敵わない。
 くいくい。

「うん? どうした、秋?」

 袖引っ張ってきた秋子の手には専用の櫛を持っていた。
 これは髪を梳いてくれという意思表示。

「はいよ。素早く済ませるよ」
「(こくこく)」

 秋子は専用の椅子を持ってきてそれに座り、俺は美夏にしてあげるように髪を梳いていく。
 とは言っても、秋子の髪はショートだからそれほど時間はかからない。

「おし、出来た」

 美夏の半分の時間で仕上げた髪は、いつもと同じようにさらさらヘアー。
 そして軽くメイクしてあげて、可愛い三女の出来上がり。

「(ありがとう、お兄ちゃま)」
「このぐらいは当然。妹を可愛く送り出すのは兄の務めだからな」
「桃ちゃん。秋ちゃん。そろそろ戻るよー」」

 美夏の声で時間を見ると、3姉妹がいつも着替えを始める時間になっていた。

「また後でね、お兄ちゃん」
「(見送りしてね)」
「はいよ」

 3姉妹は俺の部屋経由で日向家に戻り、それぞれの学院の制服に着替える。
 女の着替えは時間が掛かる事を嫌ってぐらい知っている俺は、その間にテーブルとかを綺麗にして、頃合いになったら今日の授業分の教科書が入った鞄を持って外に出る。
 5分後、日向家から3姉妹が揃って出てきた。
 ぞれぞれの制服を纏った彼女たちは、見慣れているはずの俺でも一瞬ドキッとさせられるぐらい可愛かった。

「今日も元気にがんばるよー」
「美夏。リボンが曲がってるぞ」

 胸元にしている大きなリボンが少し曲がっていたから直してやる。
 それから一通り制服を確認して、しっかり着こなせているかチェックする。

「ありがとう、ひろくん」
「妻の身嗜みを気遣うのも夫の務めだからな」
「お兄ちゃん、私たちも見て」
「おう」

 美夏と同じように、桃子と秋子の制服も乱れがないかチェックする。

「ちゃんと着こなせてるぞ。可愛い可愛い」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「(ありがとう)」
「じゃあ、行くよー」

 一緒に日向家の前の道路に出て、右側に美夏と秋子。左側に桃子が立ち、俺は玄関前に立つ。
 そうやって、いつもお互いに見送りをする。

「それじゃ、行ってきます」
「(行ってきます)」
「行ってきます」
「おう、元気にがんばれよ」
「「「はーい」」」

 元気な挨拶と共に、3姉妹は出かけていった。
 そして俺も、大学に行く為の準備をするために家に戻った。
 数時間後にはまたこの家に集まって、今日はどうだったとかを聞いて、その後は美夏と一緒の時間を過ごす。
 そんなことが当たり前だと思っていた。
 でも、幸せな日常はこの日を持って終わりを告げる。
 何故なら……。
 美夏と秋子が、死んでしまったのだから。

 


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