The THING beyond DEATH

第5話「Sacred Ambition」 〜 暗躍者は笑う 〜

「遅かったわね。コーヒーでもどう?」
「ああ、頂くよ。結果はどうだった?」

 フェンリル内部、上司であるセリーナの執務室に、レオンは居た。白を基調とした明るめの、しかし落ち着いた雰囲気の内装に、大きな執務用の机。その机には最新型のPCが置かれており、セリーナは自席に腰掛け、その画面を眺めていた。
 白鳥のセリーナ。落ち着いた物腰と綺麗なロングヘアーが目を引く、この女性はレオンとサキの直属の上司であり、さらにレオンにとってはフェンリル入隊以来の友人、サキにとっては剣の師匠という、SILENの二人にとってかけがえのない存在である。現在、彼女は今回の潜入任務の責任者という立場であった。

「非常に有益な情報、というべきかしらね」

 セリーナは、立ち上がってインスタントのコーヒーを作り、レオンに手渡すと、それまでの優しい表情を真顔に変えて答えた。

「サイファーの戦闘能力、敵呪詛悪魔の幹部の顔写真、敵施設の情報……どれも貴重だわ。貴方たち……本当に良く頑張ってくれたわね」
「おかげでこっちは死ぬ思いをしたがな」

 セリーナの話では、結果から言って、上層部は今回の任務の結果を高く評価しているらしい。先遣隊として、後続チームが降り立つゲートを確保する事に失敗したにも関わらずだ。コードネーム『R』の助力により帰還することができたレオン達だが、魔界に繋がるゲートは呪詛悪魔達によって閉じられてしまい、進入路を絶たれてしまったのだ。任務としては失敗と判定されることを覚悟していたレオンだが、この反応には正直、戸惑いを覚えていた。
 逆に言えば、自分たちが集めてきたデータのいずれかが、上層部にとって非常に意味を持つ物であったということだろう。もっとも、貴重なデータは確保しつつ、形式上『失敗』としてレオンたちに責めを負わせることだってあのロイ司令ならやりそうだとも思えたが、そこは上司であるセリーナの弁護・働きかけがある程度効いていたらしい。有能な上司・友人を持っていたことにレオンは今更ながら感謝していた。

「確かに、ゲートが閉じられてしまったのは残念だったわ。でも、貴方達が集めてくれたデータを分析することで、呪詛悪魔達が再びゲートを開いたときにそれを探知することがより容易になった……」

「そうなのか……?」

「ええ、レオン。貴方がPDAにコピーした、その施設のコンピュータのデータに、ゲート開放に使う儀式魔法の情報が含まれていたのよ」

「すると、そのうち奴らが再びゲートを開いたときに……今回よりもより多くの人員を潜入させることも、できるわけだな」

「ええ、向こうがゲートを閉じる前に、こちらからある程度ゲートを維持させる事も可能になると思うわ」

 今回はわずか二人だけの潜入のみになってしまったが、今度は魔界の呪詛悪魔グループを掃討できるだけの戦力を投入できることを意味していた。しかし、連中も馬鹿ではない。以前と同じ場所にはゲートは開かないだろう。侵入を警戒して、儀式魔法の様式を変えてくることも考えられる。その場合、以前と同様にゲートを探知できるかは未知数だ。もっとも、基本的なゲート開放の儀式魔法は型がある程度決まっており、そう大きな変化はつけられないだろうというのが、分析班の推測らしい。

「そう、少し話は変わって……近年、天界を騒がしている、強力なゴーストの発生事件だけど……」

 セリーナは、机の引き出しから何枚かの写真を取り出して、言った。

「何体か、出現時に闇の結界を張って出てくるケースが何例かあるわ。貴方たちが遭遇した呪詛悪魔たちの出現パターンと同じ……D.F.の隊員たちは視界を奪われて、……辛勝したものの、相当のダメージを負った」
「視界だけじゃない。こっちはテレポートまで封じられてエラい目にあったぜ」
「同じ闇の結界といっても、術者によって、その効果はレベルが異なるようね……。ああ、そう。貴方が収拾したデータを解析チームが解析した結果だけど……」
「ああ……」
「貴方たちが接触したその組織……上層部は「シャドウ」と命名したんだけど、近年の強力なゴーストを製造している組織の一つと断定して良い、と出たわ。もしかしたら、一番の黒幕かもしれないって」
「だろうな、サイファーまで用意していやがった。それも俺たちが見ただけで3体だ」
「ぞっとするわね。貴方たちが居たのは破棄された実験施設というから、組織の本部には何体いるのやら……」

 セリーナのPCには、レオンのPDAからコピーされた、呪詛悪魔の施設のマップが表示されている。そのマップによれば、レオンたちが捜索したエリアの広さは施設の10分の1にも満たないとのことだった。

「その、貴方たちを襲った……レギオン? と呼べば良いのかしら? ゾンビみたいな生命体のことだけど……」
「ああ……」
「貴方たちが言う程大きくはないけど、そのミニチュア版みたいな奴に最近、何名かのD.F.隊員が遭遇してる」
「なに、本当か!」
「貴方のいうとおり、体の大部分を破壊しないと再生する能力を持っていたというわ」
「魔界に閉じこもって実験に明け暮れているだけ、というわけではなさそうだな。すでに実戦投入しているわけか」
「我々の推測では……おそらく、その呪詛悪魔グループは、不死の実験をしているということよ」
「不死の実験だって!? あれが……」

 セリーナは深刻な表情でうなづいた。

「通常の攻撃では、絶対に死なない生命体。要は『不死身の生物兵器』を作ろうとしている……」

 レオンは席から身を乗り出した。魔界のコンピュータから得た、呪詛悪魔たちの作業記録が頭を過った。
 バイオハザードを引き起こすまで、彼らの実験は全てこのために……。

「サイファーですら 天界にとっては大きな脅威なのに……こんな不死身のゴーストが大量投入されてみなさい。天界の防衛は絶望的になるわ」

 確かにそうだ。天界の治安維持に一番貢献しているのは、人数でいえばD.F.だが、平均レベルのD.F.隊員では、近年の強化されたゴーストに対抗するには1体に対して数人がかりが必要だった。それが、相手が不死身になってしまったとすれば……何人がかりでも対処しきれない。
 ましてや、あのサイファーが不死身化したりでもすれば……。

「『不死身化』技術が技術的に完成する前に、その呪詛悪魔グループを叩き潰す必要がある。上層部はそう考えているの。近いうちに掃討作戦が立てられるわ。その際には……接触者である貴方たちSILENにも加わってもらう。」

「待て……」

 初めて、レオンが憤りの表情をあらわにした。

「構わんが……一つ言わせてくれ。もう後方支援なしの単独潜入はゴメンだぜ。はっきり言うぞ。今回、俺たちが生還できたのは奇跡だ。実力だけでは無理だった。あの『R』とかいう奴の到着がなかったら……」

 そういうと、セリーナは沈痛の表情をみせ、ため息をついた。

「ごめんなさい……あの作戦では、私の意見は通らなかった……どのチームもゴースト狩りやら他の任務に割り当てられていて……貴方たち以外に、実力的に作戦に耐えられるランサーを探すのは困難だったのよ」

「サキは……未だに目を覚まさない」
「ええ……責任は感じてるわ」

 分かっている。セリーナ一人だけを責められない……だが、未だ集中治療室に居るサキの事をかんがえると、今回の潜入活動の厳しさを恨まないわけにはいかなかった。

「今度は、後方支援も含め、全力でバックアップできる体制を整えるわ。上層部も肝いりの作戦だから」

 しかし、レオンの表情の険しさは緩むことがなかった。それをしばらく見て、セリーナがため息をついた。

「外に出ましょうか……」