The THING beyond DEATH

第5話「Sacred Ambition」 〜 暗躍者は笑う 〜

天界裁判所第2調査部のビルを出て、二人は緩衝地帯へと向かった。
男性守護天使、女性守護天使はそれぞれしつじの世界、めいどの世界と、普段居る世界が分かれているが、
双方が出席する必要がある催しや活動は、この緩衝地帯にある施設群にて行われている。

二人が向かったのは、その中でも数々の神々を祭る神聖なる神殿だった。
大規模な儀式を行う時以外はあまり使われることがなく、普段は一部のエリアを除いて、十級神以上の大天使であれば見学を許されている。
荘厳なあつらえの門をくぐり、二人は広大に開けた空間で足を止めた。学校の体育館の数倍の広さはあろう、ここは数々の神々の像が壁に祭られている、聖なる間だった。
二人は神妙な気持ちになって、辺りを見回す。

「セリーナ、どうでもいいが、なんでこんなところにくるんだ?」
「レオン、四聖獣伝説は貴方も知っているでしょう?」
「青龍、白虎、玄武、朱雀の4体の聖獣か? かつて動物たちの頂点に君臨したといわれる……」
「ええ、でも存在する神はそれだけじゃない。様々な力、場所を司るために、相当数の神が居るのよ」
「まぁ……どこぞの国には八百万の神がいるというしな」
「シヴァ、ケツアール、スブース……これだけ沢山の神々が、私たちと関係があると言ったら?」
「関係?」
「たとえば……私の電撃の能力……」
「この力は、あの神殿の壁に祭られているうちのどれかの神の力の影響を受けているものらしいわ。」
「そうなのか? おまえ、完全に自力で力を出しているんじゃ……」
「今はね。でも、覚えたての頃とか……遠因的にその神の力を借りていたらしいわ。そして今でも、その神の力の影響を若干は受けているの」
「俺の結界の力も……」
「ええ。あと当然、サキの時空を操作する力もね……我々守護天使の力は、何かしらこれらの神々の力の影響を受けている……」

 ふと、レオンは一つの神の像の前で足が止まった。その像は……全体的には人の形をしていた。しかし、それを人と認める事を困難にする特徴が幾つか……。その『人』の腕は猿のように長く、さらにその太さは猿は猿でもまるでゴリラのようだった。そして異常に幅が広く分厚い胸板も、人間の常識の範囲を越えている。数ある、『それ』を異形たらしめる特徴の中でも、一番目立っているのは顔だった。
それは、明らかに人の顔ではなかった。
言うなれば獣。それもライオンのような狩猟動物の顔をしており、その鋭い目はまるで眼前の敵を威嚇しているかのようだ。
 顔はライオン、体はゴリラのような、所々の部位に違う動物のそれを繋ぎ合わせたような、奇妙なキメラのような神獣がそこにあった。
 その奇妙さはどこか、魔界の潜入活動で遭遇したキメラと共通するようなものを感じ、ふとレオンの足が止まったのだ。
 セリーナは、そんなレオンの様子を見ると、解説を始めた。

「これは……神獣スブースね。時空の力を司っていると言われているわ」
「時空? サキの力の源なのか?」
「直接の源かは分からない。ただ、時空の力を有している以上、なんらかの形で影響は与えているでしょうね……。そろそろ、戻りましょうか」

だだっ広い神々の空間を出て、神殿の広い通路を二人は歩いている。ふと、疑問に思った事をレオンはセリーナにぶつけた。

「今回の情報……俺たちが調べたことは……天界上層部にはどこまで知らせているんだ?」
「まだ一切、知らせていない」
「またぞろ、情報を独占して全ての段取りを整えてから、天界上層部に報告して、発言権・実行権をD.F.から奪う訳か」
「そうね。でも……気になることがひとつ」
「なんだ?」
「一部の存在に、この情報が漏れているみたいなの」
「なんだって?」
「噂をすれば……来たわよ」

 通路の向かい側から、一人の男が歩いてくる。D.F.のものと多少似ているが、明らかに異なる制服を着て、頭にはレオン達と同じサークレットを身につけている。姿からして神官のようだが、しかし、その印象は明らかに守護天使のそれとは異なるものだった。

「これはこれは……天界裁判所の……セリーナ殿……だったかな?」
「お久しぶりですね。ゼフィルス。いつぞやの異業種交流会以来だったかしら」
(セリーナ、知り合いなのか?)

小声で質問するレオンに対し、セリーナは目線で(一度会っただけよ)とだけ返した。
ゼフィルスと呼ばれた神官は、自信に満ちた目でセリーナと対峙していたが、ふと横に居るレオンに目を留めると、薄ら笑いを浮かべて衝撃的な言葉を口にした。

「ほう……君が。その程度の実力でよくあの魔界から帰って来れたものだ」
「なっ!」
「あら、最高機密がだだ漏れね。」

 セリーナは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。

「天使銃の出来映えはどうだったかね。扱いに苦労したろう」
「お前……なぜそこまで知っている!」

 驚愕と怒りに満ちたレオンの問いかけを、ゼフィルスと呼ばれた神官は相変わらずの薄笑いで答えた。

「ふむ……少ししゃべりすぎたか。私はもう行くとしよう。ごきげんよう。レオン殿、気を悪くされるな。いずれまた会おう」

 ゼフィルスは、二人が居る場所を通り過ぎて、神殿を出て行った。

「……セリーナ。奴はなんだ」
「守護天使ではないわ。別の世界の天使ね」
「守護天使ではない天使? そんな奴らが存在するのか?」
「元動物で、転生してから徐々に神格を高めていった私たちとは違うわ。彼らは、生まれた時点ですでに神様……」

セリーナは、ここで声を低くしていった。

「最近、天界上層部にも彼らが食い込んでいてね、天界の意思決定にも影響を与え始めている」
「フェンリルにもか?」
「ウチはまだ大丈夫よ。司令の目が黒いうちはね」
「だが、情報が漏れているということは……」
「情報漏洩の可能性については、私の方でもメティファと一緒にかなり調べたわ。でも、フェンリルの人員によって漏洩した可能性は限りなく低い……。ロイ司令が、個人的に情報を流したとすれば……話はべつだけどね」
「司令が……?」

 たしかに、あのRといい、ロイが自ら、外部戦力に情報を提供した可能性はある。しかし、それで問題はないのだろうか? レオンは一抹の不安を覚えた。

「いずれにしても、この状況が良い訳無いわ。しつじの世界、めいどの世界は私たち守護天使が動向を決めるべき。よそ者におせっかいされるいわれはない」
「そうだ。天界の命運は俺たち守護天使が決める……そうでなくちゃな」
「ああ、もうそろそろオフィスに戻らなくては……じゃあねレオン。気が済んだら、ちゃんと病院のベッドに戻りなさいよ」

そう言って、セリーナは神殿を出て行った。


Otogi Story Index - シリーズ小説 - P.E.T.S.[AS]