The THING beyond DEATH

第4話「Super Tyrant」 〜 死滅を知らぬ暴君 〜

「……レオン?」

 立ちどまり、表情を怪訝にするレオンを、サキは振り返った。レオンは足を止め、何かを確かめるように地面を見渡している。サキは足下の細胞でできた床が、小刻みに震えはじめたことに気がついた。

「床の細胞が……動き出している!?」

 それはやがて大きなうねりとなって動きだし、二人の姿勢を危うくする。

「悪い予感的中だ。サキ……再生するぞ! 奴も!!」

 見るもおぞましい光景だった。切り落とされた怪物の両腕、その切断面めがけ、周囲の細胞の群れが吸い寄せられるように集まり、大きな山を築いていた。肉の山は徐々に切り口を覆い、腕としての形を整え始める。
 その光景に刺激されたサキは、逃れようとしていた魔物に向かって弾かれたようにきびすを返し、走り出した。

「サキ! なにを!!」
「息の根を止めるわ!! レオン、貴方はどこかに出口がないか探して!」

 無茶な、と思ったが、正しい判断だと思い直した。再生の間、魔物が攻撃の様子を見せなかったからだ。駆け戻るサキを見送ると、レオンは封冠の暗視素子を頼りに辺りをうかがった。幸いにも、呪詛悪魔ルガールが去ったためか、先の戦闘であたりにかかっていた闇のベールは幾分薄らいでいた。暗視素子の効果を最大にし、ノイズまみれの視界の中で、自分たちが居るこの円筒状の空洞を囲う壁が確認できる。

 フェンリルの契約医師であるイリノアに、緊急でこの機能の追加を頼んでいて正解だった。視界から入る光学情報に封冠が介入して、信号を増幅する。暗視ゴーグルを通してみたのと同等の映像を視神経に戻してくれる代物だ。セリーナからこの仕事の依頼を受けた際、必要性を予感したレオンが、依頼の承諾と同時にイリノアに無理を言って、二人分を特注しておいたのだ。
 夢魔イリノア——本来は精神科医師であるが、彼は同時に優れた封冠技師でもあった。まだ試作品でテストが完了していないと、この暗視素子を備えた特注封冠の引き渡しを、開発者のイリノア本人はかなり渋っていたが……。

 レオンは壁という壁に目をこらし、脱出口になりそうな場所を探した。最初にこの空洞に進入する際に使った昇降機のようなものが、どこかにあるはずだ。あの時は途中で飛び降りてしまったが、昇降機が上階へ戻っていないことを祈るしかない。
 探索する間に、不意に大きな打撃音が背後から、そして何かが引きちぎれる音、そして怪物の叫び声が迫った。想定範囲内の結果で、驚くことではない。やがてそれらの不快な音は、サキの着地音がスイッチになったかのように、やがて静かになった。サキの乱れた呼吸音が、数十メートル離れたのレオンにまで聞こえてくる。

「首を落として……頭部も潰したわ。ここまですれば……あいつも……」
「上出来だ。隠れるぞ」
「……どうして! 逃げるんじゃないの?」

 逃げたいが、まだ出口がみつからない。呼吸を乱しているサキを心配し、レオンは駆け寄った彼女の体を支えながら、サキによってズタズタにされた魔物の屍体を凝視した。酷い有様だった。首を切られ、頭を潰され……例え相手がゾンビだとしても、ここまでやられてしまえば、活動は必ず停止するはずだ。先ほど戦った人型のキメラにしても例外ではなかった。しかし……。

「おそらく、やつは死んでいない。また生き返る」
「レオン……」
「出口が見つかるまで、隠れるぞ。あのこぶの背後に回れ!」

 二人で走り出した。背後で、おびただしい肉がこねる音がした。もはや振り向く気にもならない……魔物が再び再生し始めたことを確信し、戦う気も失せていた。サキがあれだけ、あらゆる部位を切り潰し、破壊したのだ。それでなおも再生するなら、もはやアレを殺す手段はない。
 このアリーナには、レギオンが地表から現れる際に、その体の一部になり損ねた、肉の小山のようなこぶがいたるところにせり上がっていた。
 この広大な空間の中で、姿を隠せる場所といえばそうした所ぐらいだった。
 肉のこねる音がやみ、今度はごきり、ごきりと、巨大な関節が接合し、鳴り響く音が聞こえた。奴は再生を終え始めている。

「待て、そこのこぶはダメだ。もっとむこうの方へ……」

 間近の場所は狙われやすい。体を引きづりながら、最後は這うようにして二人は遠い方のこぶの後ろに回り込み、息をついた。

「はぁっ……はぁっ……」

 疲労と傷が神経を締め付ける。息が上がる。
 サキとレオンは肩で息をしながら、武器を下ろして地べたに座り込んだ。

「気付かれて……ないな?」

 最後に振り返った時、レギオンはこちらを向いていなかった。
 ちらと後ろを振り向き、様子をうかがった。
 再生を終えたレギオンは、首を至る所に振り回していた。レオンたちを探しているようだった。
 二人は安堵した。このまま、しばらくは時間稼ぎできる。

 「サキ、奴を見張っててくれ。俺は引き続き出口を探す」

 そういうと、レオンは暗視素子の感度を最大にして、壁を探り始めた。
 うっすらとだが、遠くの壁にいくつかの突起物が、規則的に配置されているように見えた。
 それは細胞壁に覆われていない、人口の構造物のようで、確証はないが、人間の足場のようにも見える。
 映像を多少なりとも鮮明にするため、壁との距離を縮めようと、レオンが別のこぶに走りよった時だった。

 それまでのレギオンの動きの乱れが止まり、怪物は雄叫びを上げた。
 見失っていた獲物を再び捉えた、歓喜のような音だった。
 レギオンは這うようにして、レオンたちのいる場所に迷う事なくずんずんと近づいてきた。 

「ちょっと、こっちに来るわよ!」
「くそっ」

 なぜだ……。なぜ俺たちの場所が分かる……? やつの目はサキが全て潰したはずだ!
 それまで地面を這うような動きが、やがてがむしゃらに四肢を駆るようになり、鬼神もおののくような速さで二人めがけて突き進んできた。
 見ると、サキが潰したはずのレギオンの目の大半が再生していた。
 レオンは、魔物の無数の眼球めがけて発砲した。目玉のいくつかをつぶされ、悲鳴を上げながらも止まる気配はない。

「止まれ! 止まれ!」
 たまらず、撃ち続けた。二人に、もう戦う余力はない。サキも、せいぜいが攻撃をかわす程度が精一杯。深手のレオンなら、それこそ結果は見えている。

 まさか……。

「レオン、立てる? 早く逃げ……」
「いや、動くな。じっとしてろ!」

 レオンは、全身の強ばりを解き、銃口の方向を大きく変え、撃ち放った。
 放たれた弾丸は、魔物の横をかすめて、遠い向こうの地面に着弾した。
 途端、レギオンは走るのをやめ、急に後ろを振り向く。
 つかの間の閑静……レオンたちと自分の背後に、交互に首を振りながら迷っていたが、しばらくすると方向を転換させ、レギオンはレオンたちとは真逆の方角に駆け出していった。

「……何が、起きたというの?」

 サキが疑問の声を上げた。
 二人のいる場所から僅か十メートル以内、魔物の体躯からすれば目と鼻の先に二人がいたというのに、目の前の獲物から退くとは……。

 レオンはその答えを口にした。
 
「おそらく、ヤツは盲目だ。あの目玉も飾りみたいなもんで、はじめから俺たちのことが見えてない」
「なんですって?」
「奴の主感覚は、触覚……それも、この細胞の地面全てだ」

 このアリーナを覆い尽くしている細胞壁全てが、レギオンの神経と繋がっているのだ。
 逆を言えば、レギオンが疲労状態のサキによって、空中戦でいとも簡単に腕や首を切り落とされたのも納得がいく。
 地表の刺激によってしか、奴は自分以外の存在を知覚できないのだ。

 レオンは、グロックからマガジンを抜き、残りの弾丸数を確認した。残り、7発。

「逃げる手立て、ありそうだぜ」
「どうするの?」
「どこかに、俺たちが使った……あるいは別の昇降機があるはずなんだ。それを二人で移動しながら探すんだ。もしレギオンが襲ってきたら……」
「その銃で遠くの地面を撃って、混乱させるのね」
「決まったなら……いくぞ!」

 二人はバラバラの方向に走り出すと、封冠の暗視素子を最大にして壁という壁をしらみつぶしに探した。
 レギオンが二人の足音を感知し、唸りを上げる。どちらを狙うか迷っていたようだが、サキに狙いを定め、追いかけ始めた。

「させるかよ!」

 レギオンがあと一歩でサキを踏みつぶそうというところで、レオンが反対方向の地面に弾丸を撃ち込み、同時にサキは動きを完全に停止させた。
 レギオンは訳が分からないと言わんばかりに狼狽し、無我夢中で反対方向にきびすを返し、唸るように駆け遠ざかっていく。
 レオンの作戦は成功だった。

 ◇

「サキ、見つけたぞ! 昇降機だ! 走れ!」

 数分後、ようやくレオンが突破口を見つけた。
 残りわずかの銃弾でレギオンを翻弄させて遠ざけ、息も絶え絶えになりつつ、二人は壁に設置された昇降機に転がり込んだ。
 サキがバスタードソードで力任せにスイッチを叩き、昇降機を起動させる。
 昇降機は予想以上の速度で上昇を始め、レギオンがこちらに気付いたころには、もう手が出せない程の高さに到達していた。

「やったぜ! ざまあみろだ!」

 レオンは思わず快哉を叫んだ。実質は敗走だが、化け物にとっても格好の獲物を取り逃がす結果となったのだから、ある意味では愉快とも言える結果である。
 昇降機は上昇を続け、二人を苦しめ続けた魔物の姿は徐々に小さくなっていく。人一人くらいの大きさになったあたりで、その姿は完全に闇に埋もれていった。

「命拾いね……」

 レオンとは対照的に、サキは大きく息をついて、安堵の声を出した。サイファー、ルガール、そして先ほどのレギオンと、連戦を続け相当消耗しているのだろう。深手を負ったレオンとは別の意味で、危険な状態だった。

「この昇降機、どこまでいくか分からんが……少し休もうぜ。」

 狭い昇降機の中で、腰を下ろした二人だったが、サキが異変に気付き、小声で叫んだ。

「レオン! 上!!」
「な、なんだ!?」
「伏せて! またサイファーよ!」

 サキに引っ張られ、言われた通り上部を見ると、二匹の魔物がこちらに凄まじい勢いで駆け下りてくるのが目に入った。

(サイファーが二匹!? 冗談じゃないぜ!)

 先ほどの一体でも危なかったというのに、満身創痍の今の状態では間違いなく勝ち目は無い。サキとレオンは重なるように床に突っ伏し、息を潜めた。

『ヒグゥアアアアアッ!』

 鋭い気勢を発しながら、予想に反して二匹のサイファーは二人の頭上を素通りしていった。
 あれほどの鋭敏な感覚を備えたサイファーなら、レオン達の存在に気づいておかしくないはずだが……。


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