The THING beyond DEATH

第4話「Super Tyrant」 〜 死滅を知らぬ暴君 〜

 迫りくる狂気。混沌と暴虐の具現が襲いかかる。迫ってくる。やがて視界を覆い尽くす。
 呪詛悪魔たちが血肉を弄び、冒涜し続けた果てに生まれた、恐るべき生物兵器。建造物をも凌駕する巨大な体躯をもって、獣は咆哮し、地下空洞を震わせる。
 レオンとサキは感情を殺し、機械的に動いていた。さもなくば、恐怖に飲み込まれる。
 『それ』は全身の皮がむかれ、臓器と筋肉が入り乱れていた。よく見れば、人の背丈の倍はあろう顔面の中に、またいくつもの顔がある。肢体にはあらゆる場所に顔が、手足が生え、うごめいていた。先ほどサイファーに焼かれて死んだ、あの肉塊人間たちだ。どの顔も嗚咽し、中にはぐったり動かない者もいたが、殺すべき対象を見つけて一斉に叫び始める。

「レオン動いて! かわすのよ!」

 怪物の殴打が大地を揺らす。その醜い腕は腐敗した肉の大地を引きはがし、破片を空高く四散させた。肉の破片が舞い落ち、むせるような悪臭が後に続く。
 この状況が、一体いつまで続くのだろう。
 呪詛悪魔ルガールによって召喚されたこの魔獣『レギオン』は、二人に攻撃の余地の一切を与えなかった。長大な四肢は執拗なまでに二人を追い回し、腐臭漂う汚物をそこら中に巻き散らした。崩れうごめく肉塊、にごり臭う粘液。封冠の神経系防護メカニズムが働かなければ、汚物の強度の毒性にとっくにやられていただろう。
 二人の忍耐も限界がきていた。回避行動を取るたびに、レオンの体に刻まれた苦痛は激しさを増し、サキはその体力を確実にすり減らす。このまま消耗を続ける事は、もはや二人が死の淵に追い込まれるも同然だった。

「サキ、このままじゃ全滅だ。俺が囮になる!」
「そんな…その傷では…無理よ!」
「他に方法があるか? お前は急所を見つけて攻撃しろ」

 回避と攻撃、両方をこなす余力はない。ならば生き残る道は一つ。
 サキに残された力の全てを、攻撃だけに集中させるのだ。それ以外の対処を、全て自分が引き受ける。

「でも……」
「心配するな。こんな体でもやりようはある」

 レオンは、苦痛の吐息を漏らしながらも、四足立ちの怪物に向かい、腰を低く構えてつけ加えた。

「好みじゃないがな。ああいうスプラッタは……」

 魔物の顔面から浮き出た多数の目が、一斉にレオンを睨んだ。その異様なまでの醜怪さは、まるで視線に呪いがこめられているかのようである。悪寒を振り払って、彼は懐からナイフを抜き放り、走りだした。彼の判断は決して自棄によるものではない。先ほどの戦いで全身を打たれたが、彼はその全てにおいて受け身をとり、内蔵へのダメージだけは免れている。どのような強敵が相手であろうと、損害を最小に抑え込んで死を回避できるところが、レオンの実力の一端である。直接的な戦闘力以上のもの——それが無い普通のランサーなら、一切の攻撃を受け付けないあの呪詛悪魔ジードを前にして、生存は不可能だっただろう。
 魔物の脚もとまで接近したあたりで、とてつも無い風圧がレオンに襲いかかる。頭から動きをねじ伏せられるような、想像を絶する圧力。レオンの攻勢は瞬時に封じ込まれ、次の刹那に回避行動に走らせた。

「くっ!」

 魔獣の爪がレオンの肩をかすめ、大地を叩いた時、その現象は膨れ上がって常識を打ち破る。レオンの体は宙に浮き上がった。重力は瞬間にゼロになり、重心を乱したレオンは前のめりになった。体が浮いたのではない。獣の猛打によって、地面が沈んだのだ。
 体勢を崩し、両膝をついたレオンの頭上に、もう一方の大腕が振り下ろされる。巨体に似合わぬ俊敏な動き。回避しようと体を傾けたレオンの頭上を、肉塊が襲いかかる寸前で一閃、鋭い刃が根元からそれを斬り落とした。

『ンバァァァアァァァア……ッ!』

 怪物を構成する全てのキメラが喚き、暗闇の空洞に不協和音を轟かせる。苦痛は共有されているようだ。斬り掛かろうと一気に突っ込んだのか、勢い余ったサキは着地に失敗しレオンの居る地点から十数メートルの所まで転げてようやく停止した。

「大丈夫か!」
「ええ……斬り落とせたかしら」
「上出来だぜ。右腕一つと、あと、もう片方を半分ほどな……」

 サキの攻撃力と、レオンの誘導の賜物である。戦闘開始から約十分弱、二人はこのキメラの怪力に翻弄され続けていたが、一方で、その弱点にも気がついた。攻撃と思考の単純さだ。
 レオンは自らおとりになることで、手足の撃ち込みのパターンを操作し、両腕が同時に一点に手をつく瞬間を作り出した。その両腕をまとめて、彼女に斬らせたのだ。
 見ると、右腕は前腕から先が取れて地に崩れ、左腕も半分ほど切断されて、残った筋で僅かに支えられているだけだった。これほどの巨腕を二本斬れたのは、ロスト・セラフィの刃渡りの長さによるものだけではない。レオンはサキの居る所まで駆けより、彼女の手を取った。

「骨が無いのか? こいつ」
「固いものを斬った感触はあったわ。でも、しっかりした一本のものではなかった……小さい骨がバラバラに入り乱れて入っていた感じ」

 先ほどのような小型のキメラたちの骨を取り込んで、むりやり体を維持しているのだろう。見ると、ちぎれた両腕の痛みからか、レギオンは喚きながらのたうち回ちまわり、それまでの攻勢はおろか、体勢の維持すらできないでいる。

「わりと打たれ弱いな。化け物のくせに」
「今のうちに、ここから離脱しましょう!」

 レギオンの顔面の死角に回り、ばたつく両脚を避けて距離をとろうとした矢先のことだった。


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