The THING beyond DEATH

第4話「Super Tyrant」 〜 死滅を知らぬ暴君 〜

「あの、巨大キメラの居る方向だわ……」
「暴走した状態を止めに行ったのか?」
「注意がそちらに向いていたのかしら」

 巨大キメラ……レギオンの暴走を止めることが、レオン達の捜索以上に最優先なのか、
 肉食獣のように地面を駆るサイファーたちの足音は瞬く間に消え、その姿も闇に溶け込んでいった。

「よほど曰く付きのものらしいな。アレは……」
「そうみたいね。それに……サイファーもよ。私たちがさっき倒した1匹に加えて、まだ2匹いたなんて……」

 サイファーを最初に生み出したのがどの呪詛悪魔組織であるかは不明だが、その製造には途方もない技術とコストがかかる。どの組織でも作れるものではない。戦力を増やすため、異なる組織から組織へ、交換条件としてサイファーの素体が取引されているとも聞く。素体の状態で、個々の組織に合わせて教育すれば、そのサイファーは、その組織が求める特有の能力を身につけ、そして刷り込まれた主の命令を忠実に実行する。通常の呪詛悪魔を超える戦闘能力を持ちながら、かりそめの命しかない忠実な下僕として扱える「ゴースト」としての特性。今やサイファーは、その存在を知る全ての呪詛悪魔組織にとって、喉から手が出るほど欲しい「新型兵器」となっている。
 この場所に何体居るかわからないが、三匹有しているだけでも並の組織でないことは想像がついた。もし仮に数十匹持っているとすれば、この組織が製造元という可能性すらある。

 二人の思考を、轟音が破った。聞き覚えのある爆音……下方を見ると、遠い先の地面の一部が炎上していた。
 サイファーが放った火炎のようだった。火炎の明るさを頼りに、暗視素子が再び魔物達の様子をとらえる。
 レギオンの巨体を、先ほどの二匹のサイファーが挟み、火炎攻撃を仕掛けて焼却しようとしていた。
 全身を炎に焼かれたレギオンの絶叫が、空間を振るわせ二人の耳にも届いてくる。

「酷い光景ね……」
「見るところ、サイファーの勝ちか?」

 サイファーの勝利かと思われたが、急に形勢が変わった。
 激高したレギオンが大口を開け、一体のサイファーに突進して、「それ」を飲み込んだのだ。

「ああっ」

 見ていたサキが、驚きの声を上げた。
 飲み下し、そのまま消化しようとするレギオンに対して、残る一匹が首元に斬りかかった。
 レギオンはそれを燃え上がる手で捕まえると、サイファーを地面に叩き付け、そのまま巨体でのしかかり押し潰した。
 魔物達の戦いは、それを最後にとうとう視界から米粒ほどの大きさになって、やがて視認できなくなった。

「良い見物になったな」
「新種のゴースト2種、貴重なデータとして残せるわね」

 しばらくして、二人は昇降機の床に座り直した。
 長時間続いた緊張から解放され、二人ともようやく心身を弛緩させる。

「助かったな……今のところは」
「ええ、ある程度の覚悟はしていたけれど……ここまで大変なんて」
「それにこのヤマ、キツイだけじゃなくてな、相当に奥が深いぜ……」

 今回、ここで遭遇したサイファーだけではない。こうした強力なゴーストが、近年になって急激に増え、天界の安全を脅かしつつあるという事実……。

「この一連の事件の原因は、やはりこの組織にあるのかもしれん」
「奴らは……天界を、滅ぼそうとしているの……?」
「わからん……サキ、お前、3週間前の『ソニック』からの報告を覚えているか?」

 東欧のあるスラム街で、謎の未確認生命体が人を襲う事件が多発。レオン達のチーム『SILEN』と同等の実力を持つ『ソニック』のメンバーが現地警察に扮して調査したが、その「未確認生命体」は予想通り、呪詛悪魔たちが生み出した強力なゴーストたちだった。
 苦闘の末ゴーストたちを始末すると、『ソニック』は次に後ろで糸を引いている呪詛悪魔グループの調査に乗り出した。
 紆余曲折の末、黒幕の呪詛悪魔への接近に成功するが、その呪詛悪魔たちは『ソニック』の攻撃を物ともせず、闇の空間を創り出してそこから消えてしまったという。

「単なる、散発的な事件じゃない……。共通点があるんだ。一部の者たちによって計画された、1つに繋がった計画だとすれば……」
「それが、この呪詛悪魔グループなのかしら……闇の空間を作り出して状況を優位に持っていくやり方は似ているけれど……」
「『ルガール』……最低でも幹部クラスに間違いはないだろう。封冠の暗視素子のおかげで、不鮮明ながらも奴の写真と、そしてサイファーとレギオンのデータも手に入れた。あとは……なんでもいい。奴らの陰謀を暴く手がかりを見つけて、天界に戻るんだ。……生きてな。」
「でも、ゲートを再び開くには、天界側の支援が必要よ」
「そのためには、天界との通信を確保しないとな……」

 話しているうちに、昇降機の速度が落ち、停止した。

「おい、こんな中途半端なところで止まるなよ。ドアはないのか??」

「ちょっと、レオン。窓を見つけたわ」

 ツタのような細胞の枝にいくらか覆われていたが、むこう側からガラスを通して鈍く赤い照明が漏れているのがわかった。

「ちょっと下がってろ」

 グロックを1発打ち込んだが、ガラスに若干ひびが入った程度。防弾ガラスのようだった。

「細胞壁ばっかり続いていたのに、妙だな。くそ……どうする」

 窓から上部を伺うと、細胞のツタに半分ほど覆われた通気口らしき穴があった。

「ダクトか……ここから入れるな」


 ダクトから抜け出たそこは、古ぼけた工場の管制室のような場所だった。

「少し、人間らしい所に出たな・・・」

 予想に反し人気は全くなく、レオンたちは警戒を解いて辺りを見回した。
 コンピュータやモニタが所狭しと並ぶ中、色々な物資も棚に置かれており、二人は棚を物色する。

「これは……缶詰か……食えるのか? これ……」
「僅かだけど、包帯と治療具もあるわ。レオン、こっちに来て」

 サキがレオンの傷ついた左手を消毒し、包帯を巻いていく。

「レオン、傷はもう大丈夫なの?」
「ん? ああ……だいぶ、まだ痛むんだがな。しかし妙に……体が動くんだよ」

 あの異形の呪詛悪魔「ジード」に、相当に痛めつけられたのだが、不思議な事に彼の体は未だ機能していた。彼自身、疑問だった。今の外傷の状態で、もし自分が天界にいれば、即刻集中治療室行きを命じられるだろう。それが、負った傷によって疲弊するどころか、レギオン戦では徐々に回復すら感じるほど、レオンの体の動きは良くなっていた。

「ランナーズハイってやつかな。ま、帰還できたとたんにバッタリいくんだろうがな。今動けないよりはいいさ」

 二人は手分けして、部屋にある設備をさらに調べ回った。

「管制室……何を管理していたのかしら……」
「ここのコンピュータを調べれば何か分かるかもしれない。ちょっと待っててくれ」

 レオンはPDAを取り出し、管制室のコンピュータに接続した。

「この工場……もしや、ゴーストの製造工場か!?」
「なんですって?」
「……奴ら、ゴーストをここで製造していたんだ」

 コンピューターのモニタを切り替えると、様々なタイプのゴーストを培養する機械が映し出される。おそらく、他の部屋にこのような『製造室』があるのだろう。

「全部しらみつぶしに調べなきゃ確証はないが、サイファーも、あの奇妙なキメラ人間も、あのレギオンとかいう化け物も、全部ここで作られたと考えてもおかしくないぜ」

「すごいわねレオン。ここ一連の事件と、つながる糸ができたわ」

「待て!」
「どうしたの?」
「……やつだ……ルガールが居るぞ」
「なんですって?」

 管制室には4、5個の監視モニターがあり、その1つが一人の人物を映し出していた。
 それはまぎれもない、先ほど戦ったルガールという呪詛悪魔であった。

「通信機を使って、何か話し込んでいるようね」

「それなら……通信を傍受する。暗号通信は……一応はやってるが、へっ、たいしたことはねぇな。ちょっと待っててくれ。」

 レオンの持つPDAの小型スピーカーから、ノイズまじりでルガールの声が聞こえてきた。

『……はい。例の侵入者二人は、あの天界の特務機関の手の者です。実力は通常の守護天使の域を相当に超えていました。特に、あの女は……そうです。紅の凶天使と言われるあの女です。相当の手練れです。愉しめましたよ。食い損ねたのが残念でなりません。もう、レギオンの腹の中でしょう。むろん、死体の存在は調べますが……今あの状態では……』

『はい。レギオンが暴走しています』

『サイファー2体を派遣し、焼却処理させています。また1,2ヶ月は大人しくなるでしょう。その後、全員撤収します。しょせん、ここはもう奴の墓場のようなものです』

「奴ら、だいぶ前にここを廃棄したのね。何があったのかしら……」
「単に古くなったからってわけじゃなさそうだな。見てみろ……」

 レオンが端末を操り、情報をあさり始めた。黒地のスクリーンに、古めかしい黄色のテキストが流れていく。
 ほどなく、レオンは一つの電子ファイルを見つけた。

「呪詛悪魔たちが残した記録だ」

『1.2.200X 実験に失敗。実験体が日中3度にわたり暴走。』

『1.23.200X 実験体の暴走が止まらず。実験区域全体にレギオンの細胞壁が蔓延した。作業員4名が汚染により死傷。完全なバイオハザードであり、上層部の判断により、当実験区域の廃棄が決定された。』

「このエリアの壁や床が細胞だらけというのも、この暴走が原因だったのね」

「この部屋だけが人間らしい場所というのもおかしいしな。おそらくは、ここら一帯は元々、全部人工の設備だったんだ。ほら、見てみろ」

 文字ばかり移していたスクリーンが様子を変え、多角形で構成される図面を映し出した。

「このエリアのマップだ」

 そしてマップの中央には、ビルで言えば何十階分もの長さの縦の吹き抜け……それこそ巨大な井戸のような、円柱型の広大な空間が表示されていた。先ほどまでレオンたちが戦っていた、ルガールが「アリーナ」と呼んだ長大な空間だった。

「ここは巨大な実験施設だったのね」

「ああ……そしてさっきの空間は、あの怪物を閉じ込めて実験するための巨大装置ってわけだ」

「でも、暴走して手がつけられなくなった……」

「そして、廃棄されたこの実験施設に、俺たちは入り込んじまったわけだ。おそらく別の場所に敵の本拠地があるんだろうが……場所を間違えちまったのは痛かったな」

「天界との通信路は開けそう?」

「いや……ダメだ」

 サキとレオンの封冠には天界との通信機能が備わっている。しかし、魔界に来てからというもの、一切の通信波が天界に届かず、連絡ができずにいた。
 おそらく、魔界のシステムによって妨害されているのだ。

「妨害システムを無効化できればいいんだが。どうやら、この管制室は実験施設としての機能以外ないらしい。他をあたらないと」

「待って……」

 緩い地響きが二人の思考を遮った。まさか……。
 悪寒を覚え、レオンはゆっくりと管制室の窓から下の空洞を覗き込んだ。

 


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