天使とのゆびきり - パート2

第4話「取り戻した約束」

「あー、そうですの。私、ももちゃんに説教しなければならないんですの!」

 いきなり、生前のときでも珍しいぐらいに大声を出す美夏。

「えっ? 何かな?」
「ももちゃん。いくら寂しいからって、自分の命を粗末にしてはいけませんの! お姉ちゃん、生きた心地がしませんでしたの」
「なんで、お姉ちゃんがそれを……。あ、まさか、あのとき救急車を呼んだの、お姉ちゃんだったの?」
「はいですの。本来なら地上に行くまでは干渉はしてならなかったんですけど、大切な妹のピンチに居ても経っても居られませんでしたの」
「そう、だったんだ……。ありがとう、お姉ちゃん」

 ももは自分の右手首を触って、美夏に目を潤ませながら礼を言った。
 本来であれば、俺も美夏に礼を言うべき何だろうけど、その場に居合わせるどころか、ももとの接触すら絶っていた俺には言えなかった。
 だから、せめて心の中で思う。
 ありがとう、美夏。俺の変わりにももを助けてくれて。

「ひろくんにも、たくさんたくさん、言いたいことがありますの」
「俺のことも見ていてくれたのか?」
「当然ですの。だってひろくんは、私の旦那様、なんですの」
「美夏……」
「私のダーリンでもあるけどね」
「もも……」

 それはかつて、日向3姉妹と交わした約束。
 俺達はずっと4人で1つだった。それは俺と美夏が恋人になっても変わらずに、桃子と秋子は変わらずに懐いでくれた。
 その時間は、美夏だけでなく、桃子と秋子までも家族以上の存在にするのには十分であり、気が付けば桃子と秋子にも恋をしていた。
 世間的には許されないことだと分かっていても、その気持ちはどうしようもなかった。
 そんなときに、美夏は俺の手に自分の手を重ねて言ってくれた。

「ひろくん。私は、ひろくんが大好きだよ。でもね、ももちゃんもあきちゃんも、同じぐらい大好きなの。世間なんて関係ないよ。だって、私達の世界は、誰にも邪魔することが出来ないんだから」

 未来の妻に背中を押された俺は、2人が中学3年生に進学した日に秘めた想いを打ち明けた。

「俺、2人が好きだ。身勝手なお願いかもしれないけど、俺は3人をお嫁さんにしたい」
「お兄ちゃん……。うん。私を、ううん、私達を、お嫁さんにしてください」
「(みんな一緒で、お兄ちゃまのお嫁さん。みんな幸せ)」
「えへへ。3人で、ひろくんの赤ちゃん産もうね」

 人生の中で、一番幸せな瞬間だった。
 この日を境に、より3人との距離が縮まって、家の中では本当に夫婦のように過ごし、あの日が来るまでは幸せな日々を送っていた。

「でも、あとにしますの。今は、こうしていたいんですの」

 美夏は俺の左横に移動して、そのまま俺が膝枕するような形で横になった。
 生前、美夏がいつもしていたことだった。

「お前、変わらないな」
「はいですの。私、またひろくんに膝枕してほしいと、ずっと思って頑張ってきましたの。私にとって、この時間はとても大切な、心が安らぐ一時ですの」
「じゃあ、私もしてもらおうかな」

 ももは俺の右横に移動して、美夏と同じように横になった。

「えへへ。お兄ちゃんのお膝、久しぶり」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 ももと美夏の頭を撫でながら、過ぎ去った過去を思い出す。
 何かにつけて「ひろくんエネルギー補給~」と言って甘える美夏。そんな美夏を見て「もうお姉ちゃんったら」と苦笑しながら、控えめに甘えてくるもも。そして、マイペースに甘えてくるあき。
 あの娘はよく背中に抱きついて、子犬のようにすりすりしてくるのが好きだった。
 喋れない分、体全体を使って「お兄ちゃま大好き~」を表現してきた。
 そのことを思い出したら、妙に背中が寂しく感じた。

「……やっぱ、3人居ないと寂しいな」
「そうだね…。ねえ、お姉ちゃん。あきちゃんは…」
「残念ですけど、いませんでしたの。そもそも、あきちゃんはあまり動物が好きではなったんですの。守護天使となる前提として、動物のときに受けた強い恩を返したいという強い想いが必要なんですの」
「そうだよな。それに、そんな動物が居たら俺達が知らないはずがないもんな」

 日向家、奥村家で飼ったペットといえば、チカ以外居なかった。
 飼わなかった理由は特になく、単純にペットが居なくても生活が充実していたからだと思う。
 それに、美夏も言っていたように、あきはあまり動物が好きではなかった。比較的大人しい犬がちょっと吠えたぐらいで、俺の後ろに隠れてしまうぐらいだったから。
 だから、守護天使になるぐらい世話をした動物は居ないのだ。
 そもそも、美夏があまりにも特殊な例なんだろうけど。

「ひろくん。私達があきちゃんの分までひろくんを支えますの。でも、想いは変わりませんの」
「私達日向姉妹は、お兄ちゃんのお嫁さんだよ。居なくなってもずっと、お嫁さんだから」
「……ありがとう」

 俺は2人の言葉に感動して、感謝の気持ちを込めて頭を撫でた。
 一時期は、全てを失ったと勘違いして、恨みを募らせて復讐し、残っていた大切な存在から逃げていた。
 あれから数年。サキミに連れて来られて戻ってきたこの場所で、俺は取り戻した。
 日向美夏。
 日向桃子。
 日向秋子はもう居ないけど、俺の中で想い出として生き続け、存在する。

「美夏。もも。こんな情けない俺だけど、また一緒に暮らしてくれるか?」
「はいですの」
「もう離さないんだから。どこまでも、私はお兄ちゃんに、ううん、ひろさんについていくから」
「ありがとうな」
「そうだ、ゆびきりしますの」
「あはは。お姉ちゃん、ゆびきり大好きだもんね」
「はいですの。約束するときにはぴったりですの。そう、ひろくんから教わりましたの」
「じゃあするか」

 右の小指を美夏と、左の小指を桃子と、そして美夏と桃子の小指が繋がる。

「俺達は、もう離れない。いつか離れるときが来るだろうけど、想いはいつも一緒にいよう」
「はいですの」
「うん。じゃあ、せーの」
「「「ゆーびきりげんまん。嘘吐いたら針千本のーます。ゆびきった」」」

 俺達は一斉に小指を離して、変わりに俺が二人を抱き締めた。
 それから、2人にキスをした。

「えへへ」
「久しぶりのひろさんとのキス。やっぱり、何度してもいいな」
「こんなんでよければ、いつでもしてあげる」
「じゃあ、もう一回してほしいですの」
「ああ」

 美夏にせがまれてキスをしよう、そう行動しようとしたとき。
 ぴんぽーん。
 いきなり、日向家に来客を知らせるチャイムが鳴った。

「うう、空気読めないチャイムですの」
「仕方ないだろう。それより、誰か確かめないと」
「うん。待ってて」

 ももは立ち上がって備え付けのドアホンを押すと、外にいる来客が映し出された。

「あれ? みなみちゃん?」
「なっ…」
「はやや。みなみちゃんですの?」
『あっ、桃子。ただいまー』

 そこに映っていたのは、俺にとって、もう1人の大切な家族、奥寺みなみこと、奥村みなみという妹だった。
 
<続く>


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