死の先に在るモノ

第7話「復讐者」(アヴェンジャー)≪後編≫

「判決を言い渡す」

ここは天界裁判所、法廷。
罪を犯した守護天使裁く為の役所。また、守護天使達の……天界全体で発生した揉め事の類を仲裁する為の機関。一般の守護天使であれば、一生縁が無い事が幸せなのは言うまでも無いだろう。
しかし、今ここ場で、ある守護天使に……裁判所に深く関わらざるを得なかった、不幸な守護天使に判決が下ろうとしていた。
その声を、被告人席の女性は身動ぎもせず、うなだれたまま聞き入っていた。
いや、顔を上げる気力すら残っていないのか……それとも、生きる気力を失っているのか……
思えば、最初から最後まで、一言も発せず、一切の意思表示もしなかった。
封冠の影響もあるだろうが、自責の念がそうさせているのだろうか……
敬愛してやまないご主人を、その手にかけてしまった……これは気の弱い守護天使であれば、後悔と自責の念から既に精神崩壊をしておかしくない程の大事だ。それが、封冠の手助けがあったとはいえ、今以て自我を保っていられるというのは、この女性の能力に非凡な物がある証拠だった。

「主文、被告『白鷺のサキ』・此の者を無期禁固に処す。判決理由、呪詛悪魔の暗示にかけられて正気を失っていたとはいえ、自らに害意を持つ人間だけならまだしも、結果とはいえ己の主人をその手にかけた罪は重大である」

想像通りの処罰だ。
だが俺は、ここに居る者の中で、少なくとも俺とセリーナと裁判長は……いや、もしかしたらここにいる全員が……この判決に裏がある事を知っていた。

「但し、被告の事情にも情状酌量の余地はある。よって、特定の条件を満たした上で、刑の執行を軽減し、働き如何によっては刑罰そのものを免除するものとする。
『特定の条件』に関しては、『担当官』が直接説明する。……以上、これにて閉廷」

この法廷にいるのは、裁判官・検事役の特務機関員・名ばかりの弁護士役の裁判所職員・速記官・証人の俺達、そして被告人と、その付き添いの刑務官だけ……傍聴人を完全に排除した密室裁判であった。
俺とセリーナは、この茶番を証人席から苦々しい想いで眺めていた。
サキは、二人の刑務官に抱えられて退廷していく……その姿が痛々しかった。
ある程度割り切っているセリーナと違い、俺は憤然とした表情をしていたのだろうな。……この頃は、まだまだ青二才だったって事だ。
その顔をセリーナに窘められた。

「レオン、そんな顔をしていると『彼女』に怖がられるわよ」
「……そ、そうだな……すまん。だがよ、余りにもさ……」
「それ以上は言わないの。ま、わたくしも……今のあなたと似た様な経験があるけどね。幾つかの裁判を傍聴した時に……」

そう言うと、セリーナは席から立ち上がり歩き出す。
俺も立ち上がると後を追う。

「ところでレオン、頼みがあるの」
「なんだ、いきなり? 改まって」

先行するセリーナから、歩きながら話しかけられた。
早足でセリーナに追いついた俺がセリーナの横顔を窺うと、真っ直ぐに前を見ていた。まるで何かに耐えるようにな……

「彼女の、サキの味方になって欲しいの。無条件での」
「ああ、言われなくてもそうするつもりだったさ。つまり、特務機関内外からの有形無形の圧力や偏見・迫害、そういった物から彼女を護る楯になってくれ……って事だろ?」
「さすがに察しが良いわね。でも……」

先程の硬い表情から一転、悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「ひょっとして、彼女に惚れたのかしら?」
「な、な、そ、そそ、そんなんじゃねぇよ!!」

俺はこの時、耳まで赤くなって、大きくうろたえながら答えた。……どう見てもバレバレだったな……
セリーナは、『そういう事にしておいてあげるわ』……とでも言いたげな顔で、微苦笑していた。

「……何かさ……放っとけないんだ。他人事のような気がしなくてな」

復讐を夢見ていた俺と復讐を果たした彼女、運命を分けたのはほんの僅かの差だった。
僅かだが、決定的な……
その『運命の歯車』というやつが、たった一つずれただけで、裁く側と裁かれる側に分かれてしまった。
こんな……ある意味滑稽な事に、俺は運命の神とやらの悪意を感じずにはいられなかった。

「しかし、何故だ? お前がその役目をすればいいじゃないか。男の俺より適任だと思うぜ」
「実は辞令が下ったの。七級神への昇進と日本支部所属の隊長職からの解任」
「解任?! 隊長職からのか?!」
「そうよ。そして……ああ、この続きは後でね」

セリーナの言葉は気になったが、ともかく今は手続きの方が先決だ。その為に二手に別れる。
サキの身柄を特務機関で引き受ける為の関係書類の請求と作成、提出の為だ。
手続きには時間がかかる事は分かりきっていたからな。
思えばこの時……6年前、永遠に凍り付いていたはずの運命の歯車が、再びゆっくりと回り始めるのを感じたんだ。
それを自覚したのは、もう暫く後の事だったがな。

「彼女ですね。1番の独房にいます。こちらになります」
「ご苦労様です」

セリーナと合流した俺は、共に留置場へと赴くと、事務所にいた看守に用件を告げる。すると、所長自らが先導を買って出てくれた。その扱いからしても、サキが重要人物である事が窺えた。
薄暗い留置所の廊下には、サキの元へと向かう俺達の足音だけが響き渡っていた。
この棟にある留置所は、罪を犯した・禁忌に触れた守護天使の中でも、特に重罪(死刑か無期禁固相当)の囚人を一時的に収監する為の場所。ようは未決囚用監獄って呼ばれる所だ。
もちろん、使用されないに越した事は無い……が、そうはならないのが世の常という奴か。
もっとも……今現在、収監されているのは『白鷺のサキ』ただ一人だが。

「ここです」

所長が案内したのは、凶悪犯もかくやという分厚い扉の前だった。
俺の驚いた顔を見て、所長は説明する。

「彼女は裁判の日まで目覚める事はありませんでした。しかし、封冠の機能を弱めて彼女を目覚めたさせた直後、錯乱して自殺を図ったのです。直ちに封冠の思考制限機能を最大に戻した為、大事には至りませんでしたが……」
「自殺だって!! ……いや、無理もないな。その対策と……」
「彼女の力が暴走する可能性がゼロでは無い……って所かしら?」
「その通りです。どうやら、話をする手間が省けたようですね。では私はここで待機していますので」

所長は言葉を続けながら、扉の鍵を開ける。
所長からもう一つの鍵を受け取った俺は、力を込めて扉を開ける。まるで金庫のように重たい、その扉を。


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