死の先に在るモノ

第2話「教育者」(インストラクター)

次の日の朝。
見習いの一人がサキにかみついて来た。例の『仲良し三人組』のリーダー格である『金魚のハープ』であった。

ハープ「教官! あんな特訓は無意味です!! 我々は兵隊になるために、ここにいる訳ではありません!!
    それに、こんな事を続けていれば、みんな一人前になる前に潰れてしまいます!!」
サキ「……そう……」

ハープの背後では、およそ6割の見習いが『同感だ』と言いたげな不満げな顔で、その他の者は不安げな様子で、サキに楯突いたハープを見守っていた。どうやら、ハープの抗議は、一同を代表しての、『見習い達の総意』としての意思表明であるらしかった。
数秒ほど見習い達の顔を見渡していたサキは、黙ったまま片手を横にかざす。すると、その手の直下の地面に直径50cm程の円が出現する。サキの魔力で作り出された物であった。

サキ「……私は一切の攻撃・反撃をしないから……この円の外に私を出すか……私に少しでも
    触れる事ができれば……私の訓練を受ける必要は無いわ……」
ハープ「馬鹿にしないで! 行きますよ!!」

見習い達全員が見守る中、勝負は始まった。

 

約15分後……

ハープ「はあっ、はあっ、ど、どうして、か、かすりも、しないの……?」
サキ「……気は済んだ……?」

崩折れて両手両膝をつき、肩で息をするハープに対し、サキは息一つ切らしていなかった。
息一つ乱さず、汗をかいた様子も無く、冷静な口調でハープを見下ろし、誇るでも嘲るでも気遣うでもなく、ただただ、事実を淡々と指摘する。

サキ「……基礎体力がなっていないわね……無駄な動きも多すぎる……当分は……体力強化ね
    ……全員……まずは走り込み50km……」

『金魚のハープ』は、最も運動神経が良い者ではなかったが、運動能力が高い見習いだった。
そんな彼女が、手も足も出ずに圧倒されてしまったのだ。また、最初から全力で挑んできたハープに対し、サキは実力の一欠も出していなかった。……身体能力が高い者は、それに気が付いてしまったのだ。
否、サキは、わざわざそれを見せる為、この決闘を仕組んだのだ。ハープが敵わなかったという事は、誰が勝負しても同じ、それを理解させる為……
サキの力量を理解する事ができた運動が得意な者達、その中でもいち早く『逆らっても徒労に終わるだけ』と判断できた賢明な者、彼女らが率先して走り出すと、他の見習い達も観念したかのように渋々走り出す。それを見送ったサキは、足元に倒れこんでいるハープを見下す。
ハープを見下ろすその瞳、それをサキを知る者が見たならば、微かに微笑んでいたの事に気が付いたはずである。もっとも、サキを知って期間が短い者では、それには気付かなかっただろう。
微かに微笑んだまま、ハープに言葉を掛ける。サキと知り合って日が浅いハープには、何の感情もこもっていない声に感じられたが。

サキ「……あなたもよ……」

そのサキの淡々とした言葉に、ハープは顔を上げてサキをにらむ。それでも、よろめきつつも起き上がると、皆を追うように走り始めた。
その様子を、サキはじっと目で追い続ける。相変わらず感情の起伏が感じられない表情で、だが、皆に追いついたハープを含めた、見習い一人一人全員の様子を、真剣な眼差しで、観察するかのように見つめていた。


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