このショートストーリーは「死の先に在るモノ」という小説作品のギャグ話です。
「死の先に在るモノ」を未読の方は、面白さが半減する可能性があります。
ぜひ、「死の先に在るモノ」(少なくとも第5話まで)を先にご覧になった後で、お楽しみください。
また、「夢追い虫カルテットシリーズ」の第9話まで先にご覧になっておくこともお勧めします。

役所SSその2「白い恐怖」

饗介「よし、さすがにここまで侵入すれば、かなり警備が手薄になるな」

密かにめいどの世界へと侵入した饗介。「めいどの世界・第八セクター」の、とある施設を覗うよう、物陰に隠れながら歩いていた。

饗介「さて……まゆりちゃんと俺との、スウィ〜〜トな時間を過ごす為の練習台になってくれる、
    可愛い女の子はいないかなーーっと」

饗介は大胆不敵にも、見習い守護天使達の為の訓練施設近辺にまでの侵入に、成功していたのだった。
ここまでは、建物の陰に隠れていた饗介であったが、施設の出入り口を観察する為、近くの植え込みへと密かに移動する。そこで望遠鏡を取り出し、出入り口を見張る。
すると、一人の女性が訓練施設から出てきた。その守護天使は、饗介の為にあつらえたように、一人きりの単独行動であった。おまけに、付近に人気は無い。
植え込みの陰から、その守護天使を見守っていると、自販機でジュースを買うそぶりを見せる。
それを見た饗介の脳裏に名案が思いつき、にんまりとした顔になる。そして、哀れなターゲットを彼女に決めたようだ。
饗介は、運命の神とやらに感謝しつつ、そのままじっとその瞬間を待つ。
女性が缶の蓋を開け、口を付けたその瞬間、テレポートで缶の中身を入れ替える。
度数の高いアルコールへと……

饗介「お嬢さん、大丈夫ですか? おお、どうやら酔ってしまったようですね。私が介抱いたしま
    しょう」

何食わぬ顔で、饗介はその女性に声をかける。饗介の計画では、親切を装って声をかけて介抱するふりをして人気の無い場所に連れ込み、いかがわしい行為に及ぶ予定であった。
すると、その女性は、とろんとした目をしながら振り返る。

女性「だ〜いじょ〜ぶ〜〜このくら〜い〜にゃったら〜じぇ〜んじぇん、よってにゃいれすよ〜〜」

その顔を確認した饗介は、一瞬怪訝な顔をする。何故なら、どこかで見た事があるような気がしたのだ。
数秒後、彼女の容姿と己の記憶とを一致させた瞬間、ぎょっとなる。

饗介「げ!! お、お前は、確か……白鷺のサキ!! な、なんでこんな所に!?」

先刻の、饗介の『運命の神』に対する感謝の心は、微塵もなくなっていた。いや、それどころか、己に不運(ハードラック)を呼び込んだ事に、理不尽な怒りを感じていた。己の欲望を棚に上げて……
それは、自ら呼び込んでしまった災厄を目の前にした、現実からの逃避であったのかもしれない。
もっとも、当のサキは、酔っ払って頭が満足に働かないのか、目の前の饗介を不思議そうな顔で眺めていた。
だが、直ちに目の前の男の正体を理解した様だった。

サキ「ん〜〜〜? あ〜〜! あなた〜〜呪詛悪魔〜ね〜〜」
饗介「ま、まずい、逃げ……」

その名も高い『紅の凶天使』という予想外の大物の出現に、恐怖のあまり足が竦んでいた饗介は、ようやく我に返ると、逃走の為、咄嗟に回れ右をする。
だが、その刹那……

     ≪≪どごす!!!!≫≫

と、凄まじい音がして、饗介の脳天にサキのかかと落しが炸裂した。
悲鳴を上げる暇も無く倒れる饗介。

サキ「きゃはははっ!! 口ほどにもにゃいの〜〜。……あれ〜〜? もうねちゃったの〜〜?
   にゃにやってるのよ〜〜私を〜〜もっと〜楽しませにゃしゃいよ〜〜。……むう〜〜返事
   がにゃい……イライラさせにゃいでよ〜〜」

お前は朝倉威か! ……という作者のツッコミが聞こえるはずもなく、サキは、矛盾した理不尽極まりない台詞を言いながら、気を失って倒れている饗介を引きずり起こす。そして、思い切り前後に揺する。勿論、起きるはずもない。
そんなサキに、背後から声がかけられる。

なのは「あら? サキさん……でしたよね? 急いで役所に戻るはずではなかったのですか?」

声をかけたのは、見習い達の教師である『モンシロチョウのなのは』であった。
そもそも、この施設にサキがやって来たのは、見習い守護天使達の中でも見所がありそうな者をリストアップする為であった。また、見習い達の訓練の模様を観察する為でもあったのだ。無論、サキは自らの正体を明かす事は無く、単に「公安関連の役所の職員」とだけ、身分を名乗っていた。
その際、サキに付き添い、見習いに関する質問に応対する案内役を仰せつかったのが、なのはであったのだ。
ただ、なのはは意外に思っていた。早めに役所に戻らなければならない、と言っていたにも関わらず、その当人であるサキが、今以ってこの場に留まっていた事を。

サキ「あ、なのはせんせ〜〜」

サキは、掴んでいた饗介を無造作に放り出すと、なのはに抱き付く。
なのはは、十数分前と全く違う態度と雰囲気で、立膝になって、彼女の胸に顔を埋めてきたサキを、呆気に取られて見下ろす。
一方、放り投げられた饗介はというと、見事なまでの放物線を描きながら、狙い過たずゴミ箱へと放り込まれる。

なのは「え? あ、あの、何故抱き付くのでしょうか?」
サキ「なのはせんせ〜〜あの男〜〜私を見て逃げようとしたんれすよ〜〜私ってしょんにゃに
    魅力がにゃいれすか〜〜?」
なのは「あの男?」

サキが示したゴミ箱を見たなのはは、大いに驚愕した。ゴミ箱の中に、逆さになって缶と一緒に埋まって伸びている男が居たのだから。
男子禁制のめいどの世界に男が居た事に加え、その男の気配が呪詛悪魔の物である事が、驚きを一層大きな物としていた。

なのは「あの男……呪詛悪魔じゃないですか!! あの男に何かされませんでしたか!?
     それよりサキさん、あなた先刻とずいぶんと性格が違いますが、一体どうなさったのです
     か!?」

すると、サキは小首をかしげてなのはを見上げると、律儀に一つずつ答える。

サキ「う〜んとれすね〜〜あれで〜あそんぼうと〜〜したら〜〜勝手にねちゃったのれすよ〜〜
   それかりゃ〜〜お酒は〜〜いつの間にか〜〜飲んでいたみたいにゃんれすよ〜〜」
なのは「『あれ』って、あの呪詛悪魔ですか? それにいつの間にかお酒を飲んでいた……です
     か? 一体何が起きたのか分かりませんが、放して下さいませんか? 通報しなければ
     いけないので……」

さっぱり要領を得ないサキの言葉に辟易しながらも、抱きついたままのサキに腕を放すよう懇願する。だが、サキは上目遣いのまま涙目になると、なのはにますます強くしがみ付く。

サキ「なのはせんせ〜〜、私ってしょんにゃにかわいくにゃいれすか〜〜?」
なのは「あ、あなたは可愛いって言うより、むしろ美人……」
サキ「ううっ、やっぱり……やっぱり私にゃんて……どうせ私にゃんてかわいくにゃい冷血怪力
    大女れすよ〜〜ぐすっ……うっ、う、うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

なのはの言葉を最後まで聞かず、酔っ払ったサキは、泣きながら凄まじい力でなのはを抱き締める。
酔っ払ったサキに、話が通じない事を知らなかったなのはは、ひとたまりも無く気絶する。

サキ「あれ〜〜? なのはせんせ〜〜? もうねちゃったの〜〜?」

今まで大泣きに泣いていたのに、それを全く感じさせない、無邪気とも言える不思議そうな口調で、ゴミ箱の中で伸びている饗介と、抱き締めたままのなのはとを見比べた。その二人から返事が無い事に、不満げに頬を膨らませる。

サキ「むう〜〜〜みんなねちゃった〜〜つまんにゃいの〜〜私もねるぅ〜〜おやしゅみにゃしゃ
    〜〜い」

サキは付近の芝生に寝転がると、直ぐに寝息を立て始める。
気絶したなのはを抱き枕にしたまま……






翌朝・大病院特別室(二人部屋)にて……
そこには、『面会謝絶』の札が掛けられていた。そしてなにやら、中からうめき声が聞こえてきた。

なのは「くぅ……体中が……痛い……」
サキ「……ううっ……頭が痛い……気持ちが悪い……体がだるい……」

サキとなのは、二人は仲良く並んで病院のベッドに横になっていた。
そんな二人の傍らで、D.F.の女性捜査官が事件のあらましを説明していた。
既に、二人からの事情聴取は終えている。その事情聴取の為、二人の病室が面会謝絶になっていたのだった。

捜査官「どうやら、あの呪詛悪魔、サキさんが飲もうとしたお茶を、お酒と入れ替えたようですね。サキさんが口を付けた烏龍茶の缶から、アルコールが検出されましたから。これは推測ですが、酔っ払った女の子を拉致して、いかがわしい行為に及ぶ予定だったのではないでしょうか? それが、サキさんの予想以上の酒乱……と、失礼。ともかく、サキさんが、図らずも『ハエの饗介』を返り討ちにした事で、見習い達への被害は免れ、また、奴の早期再逮捕に結び付きました。捜査へのご協力、感謝致します」

何食わぬ顔で説明をする捜査官だったが、実はあの後、訓練施設の傍らで気絶していた三人を偶然発見したD.F.は、上へ下への大騒ぎになってしまったのだ。
安全なはずの、安全であるべき、見習いの訓練施設、そのすぐ脇に『指名手配犯・ハエの饗介』が、その側には、教育係らしき二人が意識を失って倒れていたのだから。
事実、最悪の事態、その二人の女性が饗介の毒牙に掛かってしまっていたら、直接の責任者である警備部長のみならず、D.F.長官の進退問題に発展してしまっていた事は疑いの無い、そんな大事件であった。もっとも、すぐに(詳細は不明ながらも)饗介が返り討ちにあっていた事が判明し、D.F.上層部はほっと胸をなで下ろす事になる。
当然と言うか、直ちに緘口令を敷き、なのはとサキを病院に送り込んだ後、極秘に、だが徹底した調査を行った。それが、今、捜査官が話した内容であった。

二人に説明を終えると、その捜査官は退出する。
二人きりになったサキとなのは、両者の間に沈黙が流れる。
事情聴取の際、酒を飲んだ(正確には『飲まされた』のだが)サキの乱れ様が、なのはの口から一部始終語られてしまっていたのだ。
それによってサキは、何故『仲間達が、自分が酒を飲もうとすると必死に止める』のか、その理由が理解できてしまったのだった。それは、サキにとって顔から火が出そうな恥ずかしさだった。
……穴があったら入りたい……そんな恥ずかしさを押し殺し、ベッドの上から顔だけをなのはに向けると、サキは口を開く。

サキ「……ご、ごめんなさい……酷い事してしまったようで……自販機で買った烏龍茶を飲もうと
    した後の事が……全く記憶に無いのだけれど……」

うなだれて謝罪の言葉を口にするサキに、なのはも顔だけをサキに向けて言う。
その表情には、サキを安心させるかのように、笑顔を浮かべていた。

なのは「そんなに、ご自分のなさった事を気にしないで下さい。怒っていませんから。もし、あなた
    がいなかったら、見習いの娘の誰かが毒牙にかかっていたかもしれないって話ですし……
     それに……ふふふっ……」
サキ「……それに……?」
なのは「酔っ払ったあなた、とっても可愛かったわよ☆」
サキ「な! ……何を……言ってるの……からかわないで下さい……」

サキは、耳まで真っ赤になりながら、頭から毛布を被り、そのまま包まる。
そんなサキの反応に、なのはは微笑む。

なのは(からかってるつもりは無いんだけどな……でも、このくらい言っても、バチは当たらないわよね……)

その微笑みは、教え子に向けられるそれと、同質の暖かさを含んだ物であった。しかし、どちらかと言えば苦笑に近い物であったが。


おまけ:

サキが頭から毛布を被ってしまったのと同時刻、D.F.留置場にて……

饗介「……うぐぐ……あ、頭が痛ぇ……うう……あ……あのアマ、いつか犯ってやる!!」
看守「やかましい! 少しは黙ってろ!! そんなに尼が好きなら、いっそ坊主頭にしてやっても
    良いんだぞ!!」

全く懲りてない饗介でありました☆

〜〜Fin〜〜


後書き


え〜〜、ノエルさんごめんなさい。饗介だけならまだしも、なのは先生まで酷い目に遭わせてしまいました。(汗)
酔ったサキに抱き付かれた場合、「常識的に反応すれば、ああなるだろう」という風に考えたのですが、どうだったでしょうか?
なお、饗介及びなのは先生の口調・設定・裏設定と違う部分がありましたら、重ねてごめんなさい。(汗)

なお、饗介がサキの顔を見知っていたのは、饗介が呪詛悪魔達のネットワークを介して、「最も警戒すべき追跡者の一人」として、情報を仕入れていたからです。
それでも、饗介がサキから逃げ切れなかったのは、饗介の逃走速度をサキの反応速度が、わずかに上回っていた……って事にしておいて下さい。